2011年01月25日
猿蟹合戦がいじめではないわけ

さてさて、このお話では、親を殺された蟹が猿を仲間を集め、退治するという、悪いやつは滅びるぜキランッ的な話なのですが、ひとつ疑問があります。もしも彼らが現代社会で仲間を集め、退治をしたとするでしょう。問題は、仲間を集めたところにあります。いくら親が殺されたからといって、仲間を集めて仕返しする。これはいじめと見られかねません。まぁ事実、猿にう〇こ踏ませたりする場面がありますが、(私的には猿蟹合戦を作った作者の嫌いなやつを猿に見立ててる気がしますが。)ではなぜ猿蟹合戦はいじめではないという判断になったのでしょうか。
答えはCMの後、そうじゃなくて。親を殺されているからでしょうか?実は違うんです。それは小さいながらも革命がおきたからです。猿はこれまでの、つまりこのお話の最高長官だったわけですか、このお話に出てくる第三者、中間者的な存在がすべて蟹側に正義があると認めたからです。
第三者、中間的存在が猿が正しいと思えば、猿の政権は崩れなかったわけです。(猿に政権とられたら、たまったもんじゃありませんが)さて、ここで重要になるのは、第三者、中間的存在は何なのか?ということです。これの答えそれは、国民あるいは世論です。国民ほぼ全員(猿蟹合戦では全員)がそういう空気を作った事により、蟹による、猿の政権崩壊がなったわけです。
長くなりましたが今日の結論・・・国民がもっとも力を持つ瞬間はみなの正義が一致したときである。
Posted by 星 掌造 at 23:12│Comments(0)
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